第4章:走りだす影
俊の視界のすみで、白いものがひらりと舞った。
それは蛾だった。
街灯に吸い寄せられているのか、危なげな軌道で空を漂っている。
ふっと俊は、昼間の大地の話を思い出す。
“夢ってさ……まっ白な光みたいなもんなんだ”
蛾は光を追い、近づきすぎて羽を焦がす。
それでもまた光へ向かっていく。
「……俺も、なのかな」
俊は自分でも気づかないうちに口にしていた。
逃げずに向き合いたい。
進みたい。
でも怖い。
その全部が、いま胸の奥でからまっていた。
家路につきながら、俊は自転車を止めた。
気づいたら、ビエント大高のグラウンドへ向かっていた。
大地が見せてくれた “本気のサッカー”
あの光景が、どうしても頭から離れなかった。
夜の風が冷たい。
けれど胸の中は熱かった。
俊は駆けだした。
息が白くなる。
ペダルを踏む足が震える。
だけど止まらなかった。
(会いたい。もう一回、話したい。あの人に…)
坂道を登りきる頃には、息は切れていた。
だが、そこにあった。
夜のグラウンド。
そして──
俊はすぐに、大地を見つけた。
彼の背番号は、自分と同じ“10”。
その姿を見た瞬間、胸が熱くなる。
大地もすぐ俊に気づき、顔をほころばせた。
「さっそく来てくれたのか」
俊は息を整えながら、強くうなずく。
原も目を丸くしている。
「ビブロスの練習……すごかったです。僕、また見たい」
俊の声は震えていたが、目だけはしっかり前を向いていた。
練習が終わり、しばらく並んで歩いた。
やがて俊が立ち止まる。
「……木嶋さん」
振り返った大地に、俊は深く頭を下げた。
「僕、挑戦したい。怖いけど……でも、行きたい。行ってみたいんです。ユースに」
その声は震えていた。
だけどその震えは、逃げたいからじゃない。
前へ進もうとする、産声のような震えだった。
大地はしばらく俊を見つめたあと、やわらかく笑った。
「……ああ。お前なら行けるよ」
俊の肩が、大きく震えた。
大地は空を見上げた。
古いライトの下、無数の虫が舞う。
パチッと白い光が弾ける。
「あの光にな、俺はずっと惑わされてたんだよ」
俊が不思議そうに見つめる。
「だけどな。迷ってもいい。怖くてもいい。光に近づいて羽が焦げても、また飛べばいい」
俊は、大地の横顔を見つめた。
「……僕、飛べますかね」
「飛べるさ。飛びたいって思った時点で、もう飛んでるんだよ」
俊はこぶしをぎゅっと握った。
胸が熱くて、息が震えた。
でも不思議と怖くなかった。
大地と原が見守る中、俊はボールを蹴った。
風を切り、ボールは夜空へ吸いこまれる。
その軌道はまるで、
蛾が光へ向かうように、
恐れより希望に引かれるように。
大地が、静かに微笑んだ。
「……いいボールだ」
俊も、照れくさそうに笑った。
その夜──
俊ははじめて、自分の“光”を追っていいと思えた。
そして二つの影が、夜のグラウンドに伸びていった。
それはまるで、
未来へ走り出す合図のようだった。
── 終 ──

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