── 薄明のグラウンド ──
その街の光
夕暮時の燃えるような朱はあっという間に山の端へとうつろい、空はもう夜を告げる濃い青色で満ちていた。そのおとずれは少しずつ冷たさを増す空気と一緒に、日を追うごとに早くなっているようだ。
そんな空の中を「ふっ」と、ふいに白い光がまたたいた。木嶋大地はふと顔をあげて、コートの一角に目をこらす。
そこには長い支柱の上に円形のライトが縦三×横二列の形で並んだ、ナイター用の照明が立っている。
このグラウンドは今から二〇年ほど前に県外からの合宿客を見こんで設営された宿泊施設のなごりで、決して新しいと呼べるものではない。六つあるライトの一つは蛍光管が切れ、残りの半分以上もその後に続くかのように弱弱しい明滅をくり返している。
そんな光の前を、無数の小さな虫が飛びかっていた。
その中の一匹が光に吸いこまれるかのように、明滅する蛍光灯に近づく。次の瞬間「パチッ」とか細い音があがり、白い光がはじけた。
虫が蛍光灯にぶつかって、軽いショートを起こしたようだ。
ぼんやりとながめている間にも、同じような光景は二度・三度とくり返されていった。
「…おい、大地。聞いているのか?」
「えっ?あ、はい。すいません、原さん」
隣に立つ原の言葉ではっと我に返った大地は、とりあえず謝った。
五つ年上の原は彼の言葉を信じているのかいないのか、大きく息をついた後で視線をそらす。二人の前にはラインもひかれていない芝のグラウンドが広がり、その上を赤と白のビブスをつけた少年たちがボールを追って駆け回っている。
しかしボールは彼らの間を右往左往するでもなく、ほとんどまっすぐにグラウンドをつらぬいていく。大地の目は自然と、そのボールを操る一人の少年を追っていた。
「お前はどう思う?七尾俊のこと」
大地が黙っていると、原は容赦なく続けてきた。
大地が俊の話を聞いていたのはごく最近のことだ。コンパニェイロスのユースの誘いが来ている。その話を打ち明けられた大地は、複雑な思いと違和感に捕らわれていた。
「なんですか?木嶋さん」
きょとんとした表情に若干の不安をにじませて、俊はたずねる。大地はあえて笑顔を浮かべて、彼に話しかけた。
「お前、このチームはどうだ?」
「え?楽しいですよ。友達もたくさんいるし」
「そういう意味じゃない。今のプレーで満足しているのかってことだ」
大地の言葉に俊の表情がぴんと張りつめる。
「…ま、満足してるっす」
「ウソだろ」
俊は視線をそらす。
大地はふき出しそうになるほど、その反応がわかりやすかった。
だが、同時に胸にひっかかる違和感もあった。
「コンパニェイロスのユースの話、原さんから聞いたぞ」
善光寺コンパニエイロス。北信地域最大級のJ3チーム。
年に一度のセレクションには県中から才能ある少年たちが集まる。
そのユースから、七尾俊に直接声がかかった。
俊の家は学校から歩ける距離なのに、その日だけバスに乗った。
不自然すぎる行動。
大地は理由があると確信していた。
放課後、いつもより早く終わった授業。
子どもたちが次々とバスに乗り込む中、最後に入ってきた少年の姿に大地は目をみはった。
――七尾俊。
俊は緊張したような顔を向けるだけで、すぐ奥の席へ進んだ。
住宅地を過ぎ、バスが山道へ入る頃には乗客は二人だけ。
そこでようやく俊が近づいてくる。
「木嶋さんに…話したいことがあって」
── 兄の話、もう一つの光 ──
「この前、お兄ちゃんとひさしぶりに電話で話したんです。そしたら…」
俊は嬉しそうに笑う。
「お兄ちゃん、またサッカーを始めていたんですよ!」
大地はハンドルを握りながら、俊の言葉に耳を傾ける。
だがこの後の会話は、俊、大地、そしてこの“光”の物語を大きく揺さぶることになる。
(→続きは第2章へ)

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