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  • キャリアの葛藤を描いたサッカー小説「その街の光」ver_3

    キャリアの葛藤を描いたサッカー小説「その街の光」ver_3

    第3章:光の正体

    「じゃあ、この町に来て後悔したの?」

    俊の問いに、大地は少し息をついた。

    「いや。正直ここに来た時は、そんな余裕もなかった。コンパニェイロスを出なければいけなくなったけど、サッカーへの思いを断ち切れなくてな…」

    前のチームを辞めざるを得なかった日々。
    行き場を失った気持ち。
    それでも、大地は“選手でいたい”という一心でここまで来た。

    「選手のマッチングサイトを見つけて、ビエントに来ることができた。だからその時は、とにかく続けられるだけで嬉しかったんだ」

    俊は真剣な眼差しで、大地の横顔をじっと見つめていた。

    「決して望んで来たわけじゃないし、後悔がなかったと言えば嘘になる。でも…それだけじゃない」

    大地はゆっくりと言葉を探しながら続ける。

    「この町の光はやわらかくて、なんだか心地良いんだよ」

    俊は、不思議そうな顔をした。

    「光が、心地良い?」

    大地は軽く笑ってから、静かに語り始める。

    「俺は、夢っていうのはまっ白な光みたいなものだと思っているんだ。大きくて、まぶしくて…めざそうとすれば目がくらんで、他のものが見えなくなる」

    俊の瞳が揺れる。

    「一度見失うと、まわりがやけに真っ暗に見える。でもな…迷ってる時の俺は、真っ暗な場所をただよってるだけじゃないって気づいたんだ」

    大地の表情がほころんだ。

    「今のチームにはいろんな人がいる。プロから来た人。これから大舞台をめざしてる人。この土地で育ち、家業を継いだ人。五歳の息子に、プレーする姿を見せることを生きがいにしてる人もいる」

    それを聞きながら、俊は深く息をつく。

    「一つのボールを追っていても、ゴールの姿は一つじゃない。大きいか小さいかじゃなく、それぞれが“自分だけの光”を持ってる」

    俊の肩から、すっと緊張が抜けていく。

    「それじゃあ、木嶋さんのゴールは?」

    俊の問いに、大地は苦笑いしながら考えた。

    「…そうだな」

    そしてふいに、にやりと笑った。

    「夢を追いかけたおかげでこの町に来て、俊に会えた。だから…お前が一流の選手になったら、俺は心の底から“夢を見て良かった”って言えるだろうな」

    言いながら、自分で少し照れくさくなる。

    だが次の瞬間、ルームミラーに映った俊を見て大地はふっと笑った。

    俊はもう、静かな寝息をたてていた。

    俊が帰路につく頃、空は残照を失い始めていた。

    自転車を走らせると、山影の残り火のような色が吸い込まれるように夜へ変わっていく。
    ペダルに力を込めたその時だった。

    視界のすみで、白いものがふわりと舞った。

    ひらり。
    ひらり。

    俊は思わず自転車を止め、その白い光を見つめた。

    それは、大地が言っていた“光”とはちがう。
    だけどどこか似ている。
    近づけば消えてしまいそうな、淡くて儚い光。

    俊の胸の奥で、小さな炎が灯る。

    俊はひとつ息をついた。
    大地の言葉が残した余韻と、胸の奥のざわめきを抱えたまま。

    「僕の…ゴールって、なんなんだろう」

    問いはまだ答えを持たない。
    だけど、心の中に小さな明かりが灯り始めていることだけはわかった。

    (→いよいよ最終章、第4章へ)

  • キャリアの葛藤を描いたサッカー小説「その街の光」ver_2

    キャリアの葛藤を描いたサッカー小説「その街の光」ver_2

    第2章:山道の告白

    放課後、いつもより早く終わった授業。
    子供たちが次々とバスに乗り込む中、最後に入ってきた少年の姿に大地は目をみはった。

    ――七尾俊。

    俊は緊張したような顔を向けるだけで、すぐ奥の席へ進んだ。

    住宅地を過ぎ、バスが山道へ入る頃には乗客は二人だけ。

    そこでようやく俊が近づいてくる。

    「木嶋さんに…話したいことがあって」

    ── 兄の影、胸の奥の罪悪感 ──

    「この前、お兄ちゃんとひさしぶりに電話で話したんです。そしたら…」

    俊は嬉しそうに笑う。

    「お兄ちゃん、またサッカーを始めていたんですよ!」

    大地はハンドルを握りながら、俊の言葉に耳を傾ける。

    しかし俊はふと沈んだ表情になり、ぽつりと言った。

    「…なのに俺は、うまくならない。お兄ちゃんより下手なのに、ユースに誘われて…なんか、申し訳ないんです」

    バスの揺れに重なるように、俊の声も揺れていた。

    ── 止まらない違和感、大地の言葉 ──

    「俊、お前はどうしたいんだ?」

    俊は戸惑ったように目をそらす。

    「どうしたいって…そんなの、僕なんかが…」

    「ウソだろ」

    大地の言葉は、静かだけど強かった。

    俊は唇をかみしめて、ようやく声を絞り出す。

    「僕は……挑戦したい。怖いけど……でも、本当はやってみたいんです」

    山の上に差しかかった頃、俊はついに本音を吐き出した。

    「あのね木嶋さん……俺、本当は行ってみたいんです。ユースに」

    「じゃあ、行けばいいだろ」

    俊は顔を上げる。

    「だけど…怖い。失敗するのも、行って変わるのも。兄ちゃんやみんなを置いて、自分だけ前に進むのが…」

    大地はゆっくり言葉を選んだ。

    「俊、挑戦ってのは誰かを裏切ることじゃない。自分を裏切らないためにやるんだよ」

    俊の目が揺れた。

    子供たちが帰ったあと、ビエント大高の練習が始まる。
    大地は遠ざかっていく俊の背中を目で追っていた。

    原が近づいてきて、肩を落とす大地に声をかける。

    「もったいないな。上の環境でプレーすれば、俊の力はもっと開花すると思ったのに」

    「そうですね。だけど…あいつをしばっているものは、環境だけではないみたいです」

    遠くで「バチッ」と光が弾ける。

    大地は白く瞬く光を見つめながら、胸の奥に引っかかる疑問を強くしていった。

    夜、俊は言われた通り、ビエントの練習を見学に来た。

    俊はすぐに、その中から大地の姿を見つけだした。

    大地の背番号が自分と同じ「10番」であることを知り、俊の胸は熱くなる。

    選手たちの迫力、汗の輝き、真剣な眼差し。
    その空気は俊の心を揺さぶらずにはいられなかった。

    練習後、俊はついに大地へ告げた。

    「…そういうわけなんで。ごめんなさい」

    「なるほどな。分かった、ありがとう」

    俊は深く頭を下げて立ち去った。

    呼び止められなかった大地は、沈むようにうなだれた。

    原が近づき、ぽつりと言う。

    「駄目だったのか」

    「はい。すいませんでした」

    そしてまた光が灯り、虫が弾けるような音が響く。

    この夜、大地の胸には
    “俊を縛っているものの正体”
    が、はっきりとわからないまま残された。

    (→続きは第3章へ)

  • キャリアの葛藤を描いたサッカー小説「その街の光」ver_1

    キャリアの葛藤を描いたサッカー小説「その街の光」ver_1

    ── 薄明のグラウンド ──

    その街の光
     夕暮時の燃えるような朱はあっという間に山の端へとうつろい、空はもう夜を告げる濃い青色で満ちていた。そのおとずれは少しずつ冷たさを増す空気と一緒に、日を追うごとに早くなっているようだ。

     そんな空の中を「ふっ」と、ふいに白い光がまたたいた。木嶋大地はふと顔をあげて、コートの一角に目をこらす。

     そこには長い支柱の上に円形のライトが縦三×横二列の形で並んだ、ナイター用の照明が立っている。

     このグラウンドは今から二〇年ほど前に県外からの合宿客を見こんで設営された宿泊施設のなごりで、決して新しいと呼べるものではない。六つあるライトの一つは蛍光管が切れ、残りの半分以上もその後に続くかのように弱弱しい明滅をくり返している。

     そんな光の前を、無数の小さな虫が飛びかっていた。

     その中の一匹が光に吸いこまれるかのように、明滅する蛍光灯に近づく。次の瞬間「パチッ」とか細い音があがり、白い光がはじけた。

     虫が蛍光灯にぶつかって、軽いショートを起こしたようだ。
     ぼんやりとながめている間にも、同じような光景は二度・三度とくり返されていった。

    「…おい、大地。聞いているのか?」

    「えっ?あ、はい。すいません、原さん」

     隣に立つ原の言葉ではっと我に返った大地は、とりあえず謝った。

     五つ年上の原は彼の言葉を信じているのかいないのか、大きく息をついた後で視線をそらす。二人の前にはラインもひかれていない芝のグラウンドが広がり、その上を赤と白のビブスをつけた少年たちがボールを追って駆け回っている。

     しかしボールは彼らの間を右往左往するでもなく、ほとんどまっすぐにグラウンドをつらぬいていく。大地の目は自然と、そのボールを操る一人の少年を追っていた。

    「お前はどう思う?七尾俊のこと」

     大地が黙っていると、原は容赦なく続けてきた。

     大地が俊の話を聞いていたのはごく最近のことだ。コンパニェイロスのユースの誘いが来ている。その話を打ち明けられた大地は、複雑な思いと違和感に捕らわれていた。

    「なんですか?木嶋さん」

     きょとんとした表情に若干の不安をにじませて、俊はたずねる。大地はあえて笑顔を浮かべて、彼に話しかけた。

    「お前、このチームはどうだ?」

    「え?楽しいですよ。友達もたくさんいるし」

    「そういう意味じゃない。今のプレーで満足しているのかってことだ」

     大地の言葉に俊の表情がぴんと張りつめる。

    「…ま、満足してるっす」

    「ウソだろ」

     俊は視線をそらす。
     大地はふき出しそうになるほど、その反応がわかりやすかった。

     だが、同時に胸にひっかかる違和感もあった。

    「コンパニェイロスのユースの話、原さんから聞いたぞ」

     善光寺コンパニエイロス。北信地域最大級のJ3チーム。
     年に一度のセレクションには県中から才能ある少年たちが集まる。

     そのユースから、七尾俊に直接声がかかった。

     俊の家は学校から歩ける距離なのに、その日だけバスに乗った。
     不自然すぎる行動。
     大地は理由があると確信していた。

     放課後、いつもより早く終わった授業。
     子どもたちが次々とバスに乗り込む中、最後に入ってきた少年の姿に大地は目をみはった。

     ――七尾俊。

     俊は緊張したような顔を向けるだけで、すぐ奥の席へ進んだ。

     住宅地を過ぎ、バスが山道へ入る頃には乗客は二人だけ。

     そこでようやく俊が近づいてくる。

    「木嶋さんに…話したいことがあって」

    ── 兄の話、もう一つの光 ──

    「この前、お兄ちゃんとひさしぶりに電話で話したんです。そしたら…」

     俊は嬉しそうに笑う。

    「お兄ちゃん、またサッカーを始めていたんですよ!」

     大地はハンドルを握りながら、俊の言葉に耳を傾ける。

     だがこの後の会話は、俊、大地、そしてこの“光”の物語を大きく揺さぶることになる。

    (→続きは第2章へ)