第2章:山道の告白
放課後、いつもより早く終わった授業。
子供たちが次々とバスに乗り込む中、最後に入ってきた少年の姿に大地は目をみはった。
――七尾俊。
俊は緊張したような顔を向けるだけで、すぐ奥の席へ進んだ。
住宅地を過ぎ、バスが山道へ入る頃には乗客は二人だけ。
そこでようやく俊が近づいてくる。
「木嶋さんに…話したいことがあって」
── 兄の影、胸の奥の罪悪感 ──
「この前、お兄ちゃんとひさしぶりに電話で話したんです。そしたら…」
俊は嬉しそうに笑う。
「お兄ちゃん、またサッカーを始めていたんですよ!」
大地はハンドルを握りながら、俊の言葉に耳を傾ける。
しかし俊はふと沈んだ表情になり、ぽつりと言った。
「…なのに俺は、うまくならない。お兄ちゃんより下手なのに、ユースに誘われて…なんか、申し訳ないんです」
バスの揺れに重なるように、俊の声も揺れていた。
── 止まらない違和感、大地の言葉 ──
「俊、お前はどうしたいんだ?」
俊は戸惑ったように目をそらす。
「どうしたいって…そんなの、僕なんかが…」
「ウソだろ」
大地の言葉は、静かだけど強かった。
俊は唇をかみしめて、ようやく声を絞り出す。
「僕は……挑戦したい。怖いけど……でも、本当はやってみたいんです」
山の上に差しかかった頃、俊はついに本音を吐き出した。
「あのね木嶋さん……俺、本当は行ってみたいんです。ユースに」
「じゃあ、行けばいいだろ」
俊は顔を上げる。
「だけど…怖い。失敗するのも、行って変わるのも。兄ちゃんやみんなを置いて、自分だけ前に進むのが…」
大地はゆっくり言葉を選んだ。
「俊、挑戦ってのは誰かを裏切ることじゃない。自分を裏切らないためにやるんだよ」
俊の目が揺れた。
子供たちが帰ったあと、ビエント大高の練習が始まる。
大地は遠ざかっていく俊の背中を目で追っていた。
原が近づいてきて、肩を落とす大地に声をかける。
「もったいないな。上の環境でプレーすれば、俊の力はもっと開花すると思ったのに」
「そうですね。だけど…あいつをしばっているものは、環境だけではないみたいです」
遠くで「バチッ」と光が弾ける。
大地は白く瞬く光を見つめながら、胸の奥に引っかかる疑問を強くしていった。
夜、俊は言われた通り、ビエントの練習を見学に来た。
俊はすぐに、その中から大地の姿を見つけだした。
大地の背番号が自分と同じ「10番」であることを知り、俊の胸は熱くなる。
選手たちの迫力、汗の輝き、真剣な眼差し。
その空気は俊の心を揺さぶらずにはいられなかった。
練習後、俊はついに大地へ告げた。
「…そういうわけなんで。ごめんなさい」
「なるほどな。分かった、ありがとう」
俊は深く頭を下げて立ち去った。
呼び止められなかった大地は、沈むようにうなだれた。
原が近づき、ぽつりと言う。
「駄目だったのか」
「はい。すいませんでした」
そしてまた光が灯り、虫が弾けるような音が響く。
この夜、大地の胸には
“俊を縛っているものの正体”
が、はっきりとわからないまま残された。
(→続きは第3章へ)

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